シンガポール人富裕層へのデプスインタビューから、日本のアジア富裕層マーケティングのヒントを探る

シンガポールで貿易会社を経営するBさん、76歳。40年以上もロータリアンとして活動しているBさんのご自宅でチャイニーズニューイヤーのパーティにご招待いただき、今の日本についての感想も伺うことができた。

「シンガポールという国はイギリス、日本、マレーシアと歴史の変遷を経て独立国家になったのが50年ちょっと前のまだまだ若い国だが、故リークワンユー元首相の国家政策のもと一歩一歩着実に実力をつけてきた。アジアNo1のGDPを誇っているのはご存じの通りだ。私が今の会社を興した時は、貿易会社くらいしか思い浮かばなかったが地の利もあって成功することができた。当初10年程度で得た財産で不動産を買い、金融商品を買い、いつの間にか多くの財産になっていた、というのが実際のところだ。ご存じのようにシンガポールには相続税という概念がないので、全財産を家族にそのまま残すことができる。ある意味ではアメリカよりもサクセスストーリーがある国なんじゃないかと思うね。日本は東京はもちろんだが、神戸や横浜、函館などによく行った。ここ10年くらいはご無沙汰だが、息子や孫たちは頻繁に北海道に遊びに行っている。日本人はシンガポールやプーケット、バリなど常夏のエリアをリゾートということが多いらしいね。でも我々にとっては北海道がリゾートの代表格だ。なぜかそのような宣伝をしていないように感じるのは私だけなのかね?」

恥ずかしながら辞書で確認してみると、リゾートという言葉は行楽地全般をさすもので、本来的には「避暑地」を指すものとして使われだしたようだ。我々がよく使うリゾートという言葉の意味するところはどちらかというと「避寒地」で、居住エリアの平均気温の違いで言葉の意味合いがまったく逆になる可能性があることは注意しておきたい。特に旅行産業やそれに準ずるようなビジネスの場合は特に注意が必要だ。アジア圏富裕層特にASEAN地域居住の富裕層が言うリゾートは避暑地を意味しており、彼らに沖縄をリゾートと言ってもピンとこないはずだ。そういった意味からは、エリア毎に違った商品ネーミングを導入するなどの戦略を考える場合にも大きな注意が必要となるだろう。

「チャイニーズニューイヤーは2週間くらい続くので、この時期は親戚一同集まってよく今日のようなお祭りを自宅でやる。我々は年に一回派手にやるが、日本には各地にそのような風習があるとロータリアンの友人からよく聞くね。無病息災や豊作などを祝うお祭りに家族で行くことができるならとても興味がある。お祭りはニューイヤーだけじゃないからね。いってみたいところは高知県。有名なお祭りがあるんだろう? それとよく父から名前を聞いたジェネラルヤマシタの出身地のようだね。彼は医者の家系とかで、シンガポールの漢方薬にとても興味を持っていたそうだ。そんなことを教えてくれるような語り部はいないもんかね。日本はシンガポールと違って温泉もたくさんあるから、うーん、話しているだけで行きたくなっちゃうね」。

シンガポールでジェネラルヤマシタの名前を聞いたのは初めてだったが、日本での知名度以上にシンガポールでは有名な日本人だ。博物館などに名前が記載された展示物があるという理由もあるだろうが、見逃せないことは、アジアほぼ全域に「彼らが良く知っている名前の日本人」が存在しているという事実だ。時の世相を語ることにつながるので忘れられがちではあるが、アジア各国における、特に知的水準が高い富裕層のマーケティングを考えていく場合、各地で著名な日本人の名前やなぜ著名なのかを知ることは大いに有益なことのはずだ。

「今はビジネスの一戦からは身を引いて息子に経営を任せているが、このあたり(Bさんのご自宅はブキティマというエリアで小高い丘になっており、日本とシンガポールの戦時中は大激戦区だったようだ)にモニュメントを作りたいと思っているんだ。歴史は風化していくものだからね。こんなに安全な国であるシンガポールですらサービス(注:徴兵制のこと)があるんだから、この国で、特にこの辺りで起こったことはきちんと残しておかなきゃね」。

富裕層マーケティングと言うと、相手が特殊な人種だ、という議論になりやすい。これはある意味では正しいだろう。しかし結局は相手も人間で、人間は言葉を話し、歴史を積み重ねていく生き物である以上、基本的なヒューマンエコシステムは単なる人間以上でも以下でもない。だからアジア富裕層マーケティングを考えていく場合には、「その国と言葉で捉えた日本」という視点や「その国で有名な日本人」という視点、あるいは「その国と日本の歴史的関係性」から目を離すことはできないはずだ。

 

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